2010-02-02

私の音楽の聴き方は、他人のソレとは違うようだ

「あなたって、音楽を誉める時に、必ず『おもしろい』って言うよね?」


初めてそれを指摘されたのは今から5年くらい前のことだけれども、
確かに「うむ。君の指摘は正しい」と感じた。
どうも、普通一般の人とは音楽の聴き方が違うらしい。

ピアノにしても、オケにしても、歌にしても、
良いと思ったときの誉め言葉は、必ず「これは面白いな!」。


「面白いって…何? どういう意味?」

そう尋ねられたとき、

「何って、面白いもんは面白いんだよ〜」

と、人を食ったような答えしか出来なかったのだけれど、今ならニュアンスを伝えることは出来るような気がする。
要するに、だ。
私は音楽を聴くときは、いつも先を想像して聞いているから、
もしも予想していた範疇の流れになるなら、感想は「おもしろくない」。
逆に予想外の展開になったときの感想は、「おもしろい!」となる。らしい。



これで伝わらないのであれば、
例えば、歌を聴く時のことを語れば、想像がつくかもしれない。

とある歌があったとしよう。
初めてその歌を聴くとき、私はほとんど歌詞を聴いていない。
聞いているのは、
1に旋律
2にボーカルの声
3にBACK(構成)
4に演奏力
5にようやく歌詞

そんな感じ。2と3は入れ替わることもある。



「なら、Asterさんは洋楽好きでしょ?」

と言われるが、まさにそうで、海外の歌は大好きだ。
韓国でも台湾でも、香港でもタイでもインドネシアでもアフリカでも南米でも、場所は問わない。
文化が違えば想定外の流れになることが多いから、「おもしろい!」が増える。

歌詞がどうの、ととやかく言われることはないし、海外の音楽はとにかく発想が斬新すぎるので、聴くだけでごはんを軽く3杯はいける。




そんなわけで日本の歌は、歌詞がなかなか覚えられない。
売れる理由が「歌詞」にあったりすると、ほぼ理解不能。

しかしながら、歌は旋律もあって歌詞もあって、はじめて、「うた」になるわけだから
合唱をやることでしか、歌詞の良さをあじわうことしか出来ないのが腹立たしいと心底思う。
でも、合唱を通して助詞のひとつひとつまでも味わいつくすことが出来るという事実は、至上の喜びでもあると感じていたりもして。



好きな詩集は、海潮音。

海潮音―上田敏訳詩集 (新潮文庫)

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おすすめ度の平均: 5.0
5 カール・ブッセの『山のあなた』を ドイツ語から英訳した
5 すべて世はこともなし、かな。
5 ひとりの夜に静かに酔う。
5 言葉が綺麗です
5 文芸文化に触れる


詩自体は好きなんだよなあ。
歌になるとどうしてああも霞んでしまうんだろう。
歌詞を生かす曲作りが出来る人って(私が知らないとかじゃなくて、実際に)希少なのだろうか。。。



念のために言っておくと、
新しいものが良くて古いものがダメ、という訳ではない。
古いものでも斬新さを感じるものは多々ある。

例えば、モーツァルト。
T度と属七だけで、ああも簡単に音楽を作り始める感性は、甚だ斬新だ。

実にシンプルな展開なのに、実に斬新すぎる。


普段そうやって音楽を聴いているから、誰が弾いているだのをあまり気にしないのは、ちょっくら不届き者、なんだろうか。
ま、いいよね。
人は人、私は私だもの。

にんげんだもの。(笑)
posted by Aster at 23:59 | Comment(0) | めいん>diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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