2010-02-07

意味もなく、されど意味ありげに

頑張っていない訳ではないのに
悲しいとか恥ずかしいとか思ってもいないのに
無性に、涙が出る時。

ポロポロじゃなくて、ぼたぼたぼたっと。
鼻水だって遠慮なし。ずべずべずべっと。



こんなことは以前にもあった。

私の通っていた高校の秋の行事に、40キロ縦走というものがあって
1年の時は土砂降りの中、20キロ地点で中止だったのだけれど
2・3年はきちんと40キロ歩き通した。(途中走ることもある)
今じゃ、ほぼ全員20キロになっている(希望者のみ40キロ?)らしいけど、
結構良い思い出になるんだよなあ…。
(みんな、40キロ歩けばいいのに。)

で、ふと思い出したのだけれども
3年時の最後の縦走で、あと2キロかそこらの道で
何故だか無性に涙が出てきて、泣きながら歩いたことがあった。

悲しいとか、感動してるとか、そういうのじゃなくて
気が付いたら汗と一緒に涙が出てるという感じ。
歩くのは好きで、その時も1200人中の300番台で、つまりダラけていた訳でもなく、心強くも友人が一緒だったのに


Aster 「あれ…えぇ? 涙…が。なんだこれ」

友人A 「うんうん…泣けてくるよねええ」

友人B 「ううぅ…(もらい泣き)」


上り下りの山道は終了して、あとは帰りの列車が出る駅へ向かうだけの、まっすぐで平坦な道、数キロ。
その『平坦な道』が、とんでもなくキツくてキツくて。

まだ上り下りがあってくれたほうが、『前に進んでいる』感じがするのに

どれだけ歩いても歩いても
駅が見えてこなくて
道を間違えているわけないのに

もうすぐそこにゴールがあるというのに
決して辿り着かないような漠然とした不安感と
何か虚しいものを追いかけている、その感じ。




「似てるよ……ああ似ているとも」

ちょっと自虐的に、冷静に呟いてみても、ボタボタ涙が途切れることはなく。

1時間以上も大泣きしながら、(しかしせっかくピアノが空いてる時間がもったいないので)時折涙をフキフキ、鼻をカミカミ、ひたすら泣きながら弾いていた。


でも、息を詰めながら無心になって弾いたおかげで、
1音1音に心を込められるようになったかも。



と思ったのに、あくる日には泣く前の状態に戻っていて(爆)


「昨日の私の水分とエネルギーを返せえええ!!
出て来いしゅーまん―――――!!!」


と、斜め上に向かって叫びながら、
あの涙に意味はあったのかなかったのか、
つまるところ、いつもの日常はまだまだ続く、ようです(ちゃんちゃん)



□蛇足
練習不足で師匠に泣かされることはあっても、これだけ練習していて自分から泣いた曲なんて今までに一度もない。
よほどこの曲に執着心があるのか。。。
いいことなのか、わるいことなのか。。。


前回の日記のつづき、やはりノロノロ運転(※Tempo80)に聴こえるので、Tempo84→92にあげてみることに。(1メモリ飛ばしてみた)

あと3日あるし、多分なんとかなるだろう。
明日は録音してみよーかな。
posted by Aster at 23:59 | Comment(0) | めいん>diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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